企業透明化法(Corporate Transparency Act):概要と現状

2024-03-22

2024年1月1日、企業透明化法(Corporate Transparency Act。以下「CTA」)が施行され、多くの中小企業において、実質的所有者情報 (Beneficial Ownership Information。以下「BOI」) 報告書を、連邦財務省の金融犯罪取締ネットワーク(Financial Crimes Enforcement Network。以下「FinCEN」) に提出することが義務付けられました。これは、マネーロンダリングやテロ資金供与、脱税等の金銭的な違法行為に対抗する米国政府の活動の一環によるものです。

しかし、2024年3月1日アラバマ州北部地区の連邦地方裁判所は、CTAは憲法上の議会の権限行使として正当化できないため、これを違憲と判断しました。但し、裁判所は判決文において、CTAの執行差し止めを、この訴訟の「原告」に限定しています。その後、FinCENはウェブサイトで、裁判所命令には従うものの、2024年3月11日に米国司法省が控訴したこと、またCTAはこの訴訟の原告以外には引き続き有効と発表しました。しかし、CTAの合憲性に異議を唱える別の訴訟がオハイオ州北部地区の連邦地方裁判所で進行中であり、他の管轄区域でも同様の訴訟が複数発生すると予測されています。一方、一部の州では、CTAと同種の法律を独自に導入する動きが見られます。

対象企業・団体においては、FinCENが、アラバマ連邦地方裁判所における訴訟の「原告」以外の企業は、継続してCTAに基づくBOI報告書の提出義務があると考えていることを認識すると共に、CTAに関する今後の動きに注目することが勧められます。

1. 対象企業・団体(報告会社)

次の企業・団体は、CTAが定義する「報告会社」(reporting company)として、BOI報告書を提出する必要があります。但し、適用除外の条件が該当する場合を除きます(後述「2. 報告免除企業・団体」参照)。

  • 米国法人(株式会社および合同会社(LLC)を含む)
  • 外国で設立され、米国における州務局または同種の官庁に登録されている外国法人

2. 報告免除企業・団体

多くの上場企業、免税非営利団体、および特定の大規模事業会社は、CTAの報告義務が免除されます。報告義務が免除される報告会社は23種類あり、 (1) 有価証券報告書発行者、(2) 政府当局、(3) 銀行、(4) 信用組合、(5) 預金金融機関持株会社、(6) マネーサービス企業、(7) 有価証券ブローカーまたはディーラー、(8) 証券取引所または清算機関、(9) 他の証券取引法登録会社、(10) 投資会社または投資アドバイザー、(11) ベンチャーキャピタルファンドアドバイザー、(12) 保険会社、(13) 州認可保険会社、(14) 商品取引法登録会社、(15) 会計事務所、(16) 公共事業法人、(17) 金融市場法人、(18) 共同投資ビークル、(19) 免税団体、(20) 免税団体を支援する団体、(21) 大規模事業会社、(22) 特定のBOI報告免除法人の子会社、および (23) 事業を営んでいない法人が該当します。

FinCEN のガイドラインに、各免除項目の詳細要件が掲載されています。

例えば、(21)「大規模事業会社」に該当するためには、次の6つの要件を全て満たす必要があります。

  1) 20名を超えるフルタイム従業員を雇用していること。一般的に「フルタイム従業員」とは、暦月において、週平均30時間以上または月平均130時間以上就労する従業員をいいます(26 CFR 54.4980H-1(a) および 54.4980H-3 参照)。

  2) 米国で20名を超えるフルタイム従業員を雇用していること。

  3) 米国で事業を営むため、物理的にオフィスを賃貸または所有していること。

  4) 総収入または売上高が5百万ドルを超える前年分の連邦所得税または情報申告書を、米国において提出したこと。

  5) 内国歳入庁(Internal Revenue Service: IRS)の Form 1120、連結(consolidated)Form 1120、Form 1120-S、Form 1065、その他該当するIRSの書式で、5百万ドルを超える総収入または売上高 (返品および引当金控除後) を報告したこと。

  6) 米国外の収入源からの総収入または売上が除外される場合、金額は依然として 5百万ドルを超えること。

また、 (23)「事業を営んでいない法人」に該当するためには、次の6つの要件を全て満たしている必要があります。

  1) 2020年1月1日以前に存在していたこと。

  2) 事業を営んでいないこと。

  3) 外国人または外国企業・団体が、直接・間接問わず、その全部または一部を所有していないこと。

  4) 過去12ヶ月間に、所有権の変更がないこと。

  5) 過去12ヶ月において、1,000ドルを超える金銭を、直接、または、自社もしくは関連会社が利害関係のある金融口座を通じて、送受金していないこと。

  6) 米国内外問わず、いかなる種類の資産も保有していないこと(法人、合同会社(LLC)、その他事業体における所有権を含む)。

3. BOI報告書の提出期限

BOI報告書の提出期限は、以下のとおりです。

  • 2023年12月31日までに設立・登録した報告会社:2025年1月1日
  • 2024年に設立・登録した報告会社:次のいずれか早い日から90日以内
    • 設立・登録に関する通知を受領した日
    • 州務局が、設立・登録を最初に公告した日
  • 2025年1月1日以降に設立・登録した報告会社: 次のいずれか早い日から30日以内
    • 設立・登録に関する通知を受領した日
    • 州務局が、設立・登録を最初に公告した日

4. 報告内容

報告会社は、自社、実質的所有者および会社設立申請者(該当する場合)について、以下の情報・文書を提出する必要があります。

 4.1. 報告会社

  1) 法人正式名称

  2) 事業上の名称(トレードネーム、DBA)

  3) 米国における主たる事業所の現住所。主たる事業所が米国外にある場合、米国内で事業を行う住所。

  4) 設立または登録の管轄区域

  5) 納税者識別番号 (TIN)(雇用主識別番号(EIN)を含む)。内国歳入庁(IRS)が発行した TIN がない外国法人は、外国の管轄区域が発行した納税者番号およびその管轄区域の名称。

 4.2. 実質的所有者および会社設立申請者

  1) 氏名

  2) 生年月日

  3) 住所

   ・実質的所有者の場合:居住住所
   ・会社設立申請者の場合:会社設立申請者が法人設立を業として支援した場合は、会社設立申請者の会社住所。それ以外の場合は、居住住所。

  4) 次のいずれかの有効期限内の文書について、(1) 識別番号、(2) 発行管轄区域、および (3) 画像:

   ・米国パスポート
   ・州発行の運転免許証
   ・米国の州・地方自治体、またはインディアン部族が発行した身分証明書
   ・上述のいずれも所持していない場合は、外国のパスポート

実質的所有者または会社設立申請者がFinCEN 識別子(FinCEN Identifier。後述「8. FinCEN識別子」参照)を保有する場合、報告会社は、上述の情報の代わりに、当該FinCEN 識別子を報告可能です。

5. 実質的所有者

実質的所有者とは、直接的または間接的に、(1) 報告会社を実質的に支配する者、または (2) 報告会社の持分権の最低25%を所有もしくは支配する個人をいいます。

 5.1. 実質的に支配する者

報告会社を実質的に支配する者として、(1) 上級役員(例: 社長、最高経営責任者、最高財務責任者、最高執行責任者、その他同種の職責を持つ他の役員)、(2) 特定の役員または過半数の取締役(もしくは同様の構成員)を任命または解任する権限を持つ者、(3) 重要な意思決定者(例:事業、財務、組織等に関する決定)、または (4) 報告会社に対し、他の形式で実質的な支配権を持つ者(例:新規・独自の方法による支配)が挙げられます。

なお、取締役会の構成員としての地位のみで、取締役が自動的に報告会社の実質的所有者となるわけではありません。特定の取締役が実質的所有者であるかどうかは、上述の基準に照らし合わせて取締役ごとに分析する必要があります。

 5.2. 25%以上の持分権を所有・支配する者

実質的所有者には、報告会社における持分権の最低25%を所有または支配する者だけでなく、報告会社の親会社の持分を所有する個人も、要件を満たせば実質的所有者となり得ます。例えば、ある親会社が報告会社の持分権を50%保有し、その親会社の70%の持分権を個人が所有する場合は、その個人は報告会社の実質的所有者となります。これは、当該個人が間接的に報告会社の35%の持分を保有するためです (50% x 70% = 35%)。

なお、報告会社が 25% 以上の持分権を持つ親(中間)会社に所有されている場合、当該報告会者は、親会社ではなく、上述の基準に該当する個人のみを報告する必要があります。但し、(1) 中間会社が免税法人である場合、または (2) 報告会社と中間会社の実質的所有者が同じである場合は、報告会社は個々の実質的所有者に代わって当該中間会社を報告できます。

 5.3. 例外

実質的所有者には5つの例外があり、(1) 未成年者、(2) 実質的所有者の指名者、仲介者、保管人または代理人、(3) 報告会社の従業員(但し、報告会社において実質的な支配権や経済的利益を有しない場合)、(4) 報告会社に対して将来の権利を持つ相続人、および (5) 報告会社の債権者については、実質的所有者として報告する必要はありません。

6. 会社設立申請者

2024年1月1日以降に設立・登録された報告会社は、自社の会社設立申請者(company applicant)を報告する必要があります。会社設立申請者とは、(1) 設立・登録のための文書を州務局または同様の官庁に提出した者、また (2) 当該提出に複数の人物が関与している場合は主として申請の指示・監督した者で、報告会社は、自社の会社設立申請者を2名を上限として報告する義務があります。例えば、報告会社の会計士や弁護士が上述の基準を満たしていれば、会社設立申請者となり得ます。

7. BOI報告書の提出方法

 7.1. 初回報告書

報告会社は、オンラインまたはPDFフォームにて、FinCEN の電子申請ウェブサイト(「File BOIR」を選択)からBOI初回報告書を提出します。

 7.2. BOI報告書の変更・修正

報告会社または実質的所有者について、報告済みの情報に変更がある場合は、変更から30日以内に当該情報を更新する必要があります(例: 新社長、婚姻による氏名変更、更新後の運転免許証番号および画像)。なお、会社設立申請者の情報変更については、届出の必要はありません。

提出済みの BOI 報告書において、報告会社、実質的所有者、または会社設立申請者の情報が誤っている場合は、誤りを認識した日、または誤りを知る理由があった日から 30 日以内に修正する必要があります。

BOI 報告書を更新する際、変更・修正情報だけでなく、提出済かつ未変更の情報を含め、全ての項目を記入して申請する必要があります。申請準備の簡略化として、FinCEN識別子を利用することや、入力可能なPDF版に情報を入力して写しを保存しておき、更新の際に必要情報を変更して提出する方法が考えられます。

8. FinCEN 識別子

 8.1. FinCEN 識別子とは

「FinCEN 識別子」(FinCEN Identifier)とは、FinCEN が申請に応じて個人や法人に発行する識別番号です。実質的所有者または会社設立申請者が FinCEN 識別子を取得した場合、報告会社は、当該実質的所有者または会社設立申請者について、必要な詳細情報の代わりに FinCEN 識別子を報告できます。FinCEN 識別子は、個人または法人につき1点のみ発行されます。なお、BOI報告書の提出において、 FinCEN 識別子は必須ではありません。

 8.2. FinCEN 識別子の申請方法  

実質的所有者または会社設立申請者は、Webフォーム経由で、必要な情報(前述「4.2. 実質的所有者および会社設立申請者」参照)を提出することにより、FinCEN 識別子を申請できます。

報告会社は、BOI報告書を提出する際、該当項目にチェックすることで、FinCEN 識別子を申請できます。BOI 報告書提出後にFinCEN 識別子の取得を希望する場合は、BOI報告書を更新する必要がない場合でも、新たにBOI 報告書でFinCEN 識別子を申請し、これを提出することで取得できます。

FinCEN識別子は、必要な情報を提出後、直ちに発行されます。

 8.3. FinCEN 識別子の変更と修正

FinCEN 識別子取得の際に提出した情報が変更した場合、変更から30 日以内に更新する必要があります。また、提出情報に誤りがあったことに気づいた場合は、誤りに気づいた日、または知る理由があった日から30日以内に修正する必要があります。

なお、会社設立申請者については、提出済みの情報が変更しても、更新する必要はありません。

9. 罰則

BOI 報告義務に故意に違反した者は、1 日あたり最高 500 ドルの民事制裁金が科される場合があります。また、当該違反者に対し、最高 2 年の懲役および最高 1万 ドルの罰金の刑事罰が科される場合があります。さらに、個人および法人の双方が、故意の違反に対して責任を負う場合があります。

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